ITTF(国際卓球連盟)主催の多くの国際大会は、2021年からWTTシリーズに置き換えられました。コロナ禍だけではない、様々な理由によりWTTは計画通りに十分な数の大会を開催できていませんでしたが、2023年以降は正常化しつつあります。
が、WR20位以内の選手への出場制限(PDR)があるWTTスターコンテンダーとWTTコンテンダーは運営内容が不透明で、出場選手の顔ぶれを見て疑問に思うことが少なくありません。僕はPDRは廃止すべきだと思っています。
でも決められたルール・制度の範囲内でより多くの国際大会に出場して実力を発揮し、WRポイントを稼いで世界ランクを上げるしかありません。それもほぼ1年中休むことなくです。WTTシリーズに変わっても、それは同じです。
この記事ではWTTシリーズについてどこよりも分かりやすく解説します。
*アイキャッチ画像はWTT公式サイトからの引用です。
2023年から変更されています
WTTシリーズは2024年になって細かい変更が行われています。2023年版については「【2023年版】卓球の国際大会 WTTシリーズとは何か」をご覧ください。
2023年からの変更点
変更点一覧表によると、大きな変更はありません。が、2024年はオリンピックイヤーであることから、特別措置が取られます。
エントリー締め切り日の繰り上げ
シングルス、ダブルスともにエントリー締め切り日が1週間繰り上げられました。
- シングルスは本戦開始日の5週間前。
- ダブルスは本戦開始日の4週間前。
7月までの特別措置
- WTTスターコンテンダー、WTTコンテンダーのPDR(WR20位以内の選手の出場制限)を一時停止し、8月から再開します。
- WTT推薦枠の選手選出は、7月までホストワイルドカードと同じくホスト国が(WTTではなくて)行います。8月以降、元に戻します。
PDRの一時停止は次の理由によるものですね。
- WTTスターコンテンダー、WTTコンテンダーのPDRは公平性に欠けている。
- オリンピックの出場権獲得とシードの確保目指す選手に、公平な出場機会を与える必要がある。
WTT推薦枠の扱いをホストワイルドカードと同じにする変更は腑に落ちないです。
ITTFシリーズからWTTシリーズへ
ITTFは2019年5月にWTT(World Table Tennis)構想を発表しました。それまでよりも卓球の商業的側面を強化することを狙ったものです。WTTはITTFの下部組織なのですが、運営的には並列(同水準)に見えます。
そして2021年から、それまでITTFが主催していた国際大会の多くがWTTが主催するWTTシリーズに置き換えられました。また、2022年1月から下位大会としてWTTフィーダーシリーズが追加されています。
2023年は大会の開催数が増えましたが、グランドスマッシュは1回しか開催されていません。そのためWTTスターコンテンダーには中国のトップ選手が揃うことが多いです。
そしてスターコンテンダー、コンテンダーに適用されているPDRによって、WR20位以内の選手が自由に出場できない状況は「不公平」感が強いです。2023年は7月までPDRが一時停止されたのは当然でしょう。
なお、世界卓球選手権大会はITTFの、アジア競技大会はATTUの主催です。
WTTシリーズの詳細
ここでは2023年7月までの特別措置については触れません。
WTTグランドスマッシュ
- オリンピック、世界卓球選手権大会(個人戦)と同列のWTTシリーズ最上位大会です。
- 年間最大4大会開催可能ですが、大会運営に億円単位の費用がかかるため、開催できる国・協会が限られるようです。
- 本戦10日、予選2~3日のゆったりした日程。
- シングルス、ダブルス、混合ダブルスの3種目を実施。
- シングルスの本戦は64名、うち8名は予選64名を通過した選手。
- ダブルス24ペア、混合ダブルス24ペア(共に予選なし)。
- シングルスは本戦、予選合わせて各協会から6名までしか出場できません。また世界ランク上位者から優先出場となっています。
- 世界ランク20位以内の選手参加規制はありません。
- ワイルドカード枠4名、WTT推薦枠2名。
- 出場資格を持つ選手が病気や怪我以外の理由で辞退した場合、ペナルティの対象となります。
- シングルスのシード数は16。(2022年までは8。)
- シングルスの準々決勝、準決勝、決勝のみ7ゲームマッチ、他はすべて5ゲームマッチ。
- 優勝選手には2,000ポイントが付与されます。WTTチャンピオンが1,000ポイント、WTTスターコンテンダーが600ポイントですからダントツの高さです。
早田ひな選手が出場したグランドスマッシュ大会一覧です。
WTTファイナルズ
2022年まではWTTカップファイナルズという名称でした。
- シニア向けWTTシリーズの上から2番目の大会です。
- 男女それぞれ年間最大1大会のみ開催可能です。
- (男女別開催の場合)本戦3日、予選はありません。
- シングルスとダブルスを実施。出場人数は16名の完全招待制。(世界ランク上位者のみが招待される特別な大会。)
- 各協会からの出場人数に上限なし。
- ワイルドカード枠、WTT推薦枠なし。
- シングルスのシード数は4。
- 招待された選手が病気や怪我以外の理由で辞退した場合、ペナルティの対象となります。
- 準決勝、決勝のみ7ゲームマッチ、他は5ゲームマッチ。
- 試合はテーブル1台のみで進行されます。
- 優勝選手には1,500ポイントが付与されます。
完全招待制で世界のトップ選手だけが出場できる、強い選手ばかりだけど16名しかいないのにWRポイントが高い、TOPランカーを優遇しているという印象です。
早田ひな選手が出場した(カップ)ファイナルズ大会一覧です。
WTTチャンピオンズ
- シニア向けWTTシリーズの上から3番目の大会です。
- 男女それぞれ年間最大4大会開催可能です。
- 本戦6日、予選はありません。
- シングルスのみ実施。出場人数は30名+ワイルドカード1名+WTT推薦1名の合計32名。
- 各協会から4名までしか出場できません。
- 世界ランクによる出場制限はありません。
- ワイルドカード枠1名、WTT推薦枠1名。
- シングルスのシード数は8。
- 出場資格を持つ選手が病気や怪我以外の理由で辞退した場合、ペナルティの対象となります。
- 準決勝、決勝のみ7ゲームマッチ、他は5ゲームマッチ。
- 試合はテーブル1台のみで進行されます。
- 優勝選手には1,000ポイントが付与されます。
早田ひな選手が出場したチャンピオンズ大会一覧です。
WTTスターコンテンダー
- シニア向けWTTシリーズの下から2番目の大会です。
- 年間最大6大会開催可能です。
- 本戦5日、予選2~3日の日程で選手によっては1日に4試合に出場します。
- シングルス、ダブルス、混合ダブルスの3種目を実施。
- シングルスの本戦は48名、うち8名は予選を通過した選手。
- 予選人数は32、48、64名から開催国が選択します。
- ダブルス、混合ダブルス本戦16ペア、うち4ペアは予選を通過したペア。
- シングルスは各協会から6名までしか出場できません。(世界ランク20位以内の選手を除きます。)また世界ランク21位以降の上位者から優先出場となっています。
- 世界ランク20位以内の選手は、全体で6名しか出場できません。ホスト国はその6名を選ぶ裁量権を持ちます。
- ワイルドカード枠4名、WTT推薦枠2名は上記制限の対象外。
- シングルスのシード数は16。
- 前6週以内にグランドスマッシュまたはチャンピオンズに出場した選手は優先度が下がります。
- シングルスの決勝のみ7ゲームマッチ、他はすべて5ゲームマッチ。
- 優勝選手には600ポイントが付与されます。
ところが実際に出場している選手の顔ぶれを見ると、2022年まではこのルールが厳密に運用されていないことにびっくりします。
早田ひな選手が出場したスターコンテンダー大会一覧です。
WTTコンテンダー
- シニア向けWTTシリーズの最下位大会です。(WTTフィーダーシリーズはWTTシリーズではありません。)
- 年間最大14大会開催可能です。
- 本戦4日、予選2~3日の日程で選手によっては1日に4試合に出場します。
- シングルス、ダブルス、混合ダブルスの3種目を実施。
- シングルスの本戦は32名、うち8名は予選を通過した選手。
- 予選人数は48、64、96名から開催国が選択します。
- ダブルス、混合ダブルス本戦16ペア、うち4ペアは予選を通過したペア。
- シングルスは各協会から4名までしか出場できません。(世界ランク20位以内の選手を除きます。)また世界ランク21位以降の上位者から優先出場となっています。
- 世界ランク20位以内の選手は、全体で3名しか出場できません。ホスト国はその3名を選ぶ裁量権を持ちます。
- ワイルドカード枠3名、WTT推薦枠1名は上記制限の対象外。
- シングルスのシード数は8。
- 前6週以内にグランドスマッシュまたはチャンピオンズに出場した選手は優先度が下がります。
- シングルスの決勝のみ7ゲームマッチ、他はすべて5ゲームマッチ。
- 優勝選手には400ポイントが付与されます。
ところが実際に出場している選手の顔ぶれを見ると、2022年まではこのルールが厳密に運用されていないことにびっくりします。
早田ひな選手が出場したコンテンダー大会一覧です。
WTTフィーダーシリーズ
2022年1月から、WTTシリーズの下位のシニア向け大会としてWTTフィーダーシリーズが追加されています。
- WTTシリーズではなかなか世界ランクを上げられない選手に、WRポイントの獲得機会を与える目的で創設された(と思われる)のが、WTTフィーダーシリーズです。
- 年間の大会開催数に上限はありません。
- 本戦3~4日、予選最大3日の日程で選手によっては1日に4試合に出場します。
- シングルス、ダブルス、混合ダブルスの3種目を実施。
- シングルスの本戦は32、48、64名のいずれか。うち8名は予選を通過した選手。
- 予選人数は16~128名で開催国が決定します。
- ダブルス、混合ダブルス本戦16ペア、うち4ペアは予選を通過したペア。
- シングルスは各協会から8名までしか出場できません。ただしホスト国の協会から出場する選手数は制限されていません。
- 世界ランク30位以内の選手は出場できません。ただし、ホスト国の協会からは最大2名まで、世界ランク30位以内でも出場可能です。
- 世界ランク31位から50位までの選手は全体で6名までしか出場できません。ホスト国の協会から出場する選手が優先されます。
- ワイルドカード枠4名、WTT推薦枠2名、WTTユース推薦枠2名は上記制限の対象外。
- すべて5ゲームマッチ。(2022年のシングルスのメインドローはすべて7ゲームマッチでした。)
- 優勝選手には125ポイントが付与されます。
WR31位以降の選手で、少しでも世界ランクを上げたい、WTTコンテンダーに出場できるようになりたい場合には、WTTフィーダーシリーズに積極的に参戦するのが良いと思われます。優勝しても125ポイントしか付与されませんが、ざっくり1年以内に4回程度優勝できるようになれば、WR30位以内に入ってフィーダーシリーズを卒業できるでしょう。
なお、早田ひな選手がフィーダーシリーズに出場したことはありません。
また、オリンピックイヤーの特別措置によるPDRの一時停止は、フィーダーシリーズには適用されていません。
WRポイント
WTTシリーズを含む国際大会で付与されるWRポイント一覧です。
出典:ITTF TABLE TENNIS WORLD RANKING REGULATION
その道の専門家が議論を重ねて導入されたものだし、誰にとっても公平なシステムを設計するのはそもそも不可能なので、決めれたルール・制度の中でより上位を目指すしかありません。
WTTグランドスマッシュと世界卓球大会個人戦との違い
WTTグランドスマッシュはWTTシリーズ最上位大会で、優勝時のWRポイントが2,000と世界卓球大会個人戦と同じです。が、両者には大きな違いがあります。
伝統のある世界卓球に対し、グランドスマッシュは興行面を重視して制度設計したと思われます。
- 優勝時のWRポイントが2,000もある最上位大会を年間最大4回開催可能としている時点で、ITTFが管轄している世界卓球と違う方向性を志向しているのは明らかです。
- が、グランドスマッシュは2022年、2023年にシンガポールで1回開催されただけでした。(大会開催に1億円以上かかるのが要因との噂あり。)2024年は3回開催する予定とされています。
- グランドスマッシュはシード数が16しかないため、ドローゲーム(ドロー運が占める要素が非常に強い)になっています。世界卓球は32あるので、相対的にひどいドローになりにくい印象です。
- WTTが意図的にアップセット(波乱、下剋上)を増やすため、グランドスマッシュの7ゲームマッチを準々決勝以降に制限しています。世界卓球は全試合7ゲームマッチです。僕はシングルスは全試合7ゲームマッチがいいと思っています。
- 世界卓球は初戦に限り同一協会からの選手が対戦しないようにドロー調整を行います。グランドスマッシュにはその配慮はありません。
WTTの厳しいところ
トップランカーほど有利
(中国のトップ選手を除いて)誰と対戦しても勝ち上がれる実力を備えていることが条件ですが、WRが高いトップランカーほどWRポイントを稼ぎやすい、有利な制度なのが実情です。
- グランドスマッシュは世界ランク上位から48名程度、各協会最大6名の自動エントリーです。日本人女子の場合、6名だとせいぜいWR30位台までです。
- チャンピオンズは世界ランク上位から30名、各協会最大4名の自動エントリーです。日本人女子の場合、4名だとせいぜいWR10位台までです。
- ファイナルズは世界ランク上位から16名、各協会からの参加人数に制限なしの自動エントリーです。トップランカーだけが招待される、ボーナスステージのようなものですね。
WTTシリーズ上位3大会はWRポイントが高いので、これらに出場できないと競争上不利です。
WR20位以内の出場制限(PDR)
コンテンダーとスターコンテンダーには、PDR(Play Down Restriction)と呼ばれる、WR20位以内の選手の出場制限があります。コンテンダーとスターコンテンダーはWR21位以下の選手を優先出場させる大会なのですが、WR20位以内の選手もコンテンダーは3名まで、スターコンテンダーは6名まで出場可能です。
2022年まではWR上位から3名/6名だったので、中国のトップ選手が出場しなかったコンテンダー、スターコンテンダーではランキング上位の選手が優勝しやすかった(ポイントを稼ぎやすかった)です。このこと自体は2023年以降も変わらないのですが、WR20位以内の選手のエントリーはホスト国に裁量権があるため、ランキング上位でエントリーしても拒否される可能性があります。
実際、2023年終盤のコンテンダー、スターコンテンダー大会において、早田ひな選手はPDRをかいくぐって連続出場したのに対し、伊藤美誠選手と平野美宇選手は出場しませんでした。選手が出場を希望したかどうかは公表されていませんが、状況的にPDRによって出場できなかったように思えます。
早田ひな選手がPDRをかいくぐって連続出場できた理由は想像するしかありませんが、明らかに不公平な制度であることは間違いありません。
2024年1月から7月までは特別措置によりPDRが一時停止されています。
協会単位の出場制限(NER)
NERと呼ばれる、各国の協会から出場できる人数制限が設けられた大会もあります。
- ファイナルズ以外はNERがあります。ファイナルズは世界のトップ16名だけでWCもWTT推薦枠もない特別な大会ですね。
- WTTシリーズ最上位大会のグランドスマッシュのNERは6ですが、PDRはありません。
- チャンピオンズはNERが4と厳しいです。PDRがないため、各協会内の上位4名しか出場できません。
- スターコンテンダー、コンテンダーにはPDRがありますが、PDR対象のWR20位以内とWC、WTT推薦枠はNERの対象外です。
事実上、世界トップを目指すなら日本人選手上位4名をキープできないと、競争の土俵にすら上がれません。
シード数が少なくドローゲームになっている
これはWTTシリーズの大会別シード数一覧です。
シード数が極端に少ないため、シード外だといきなり中国トップ選手と当たることも普通にあります。WTTシリーズはドロー運の要素が強いというのは共通認識です。
WTTになって良かったこと
WTTは、フィーダー大会含めてYouTubeチャンネルで積極的に試合の動画中継(リアルタイム配信)をしています。WTTの目的が卓球の商業化の促進なので当然そうするよねっていう話でもあるわけですが、これにより既存のファンは圧倒的な数の試合を自宅にいながら観戦できますし、新たにファンを増やす起爆剤になると思います。
僕は2021年から早田ひな選手が出場した国際大会、国内大会は全てネットで観戦していますが、ATTU/ITTFが主催した第25回アジア競技大会の中継試合数の少なさには泣きました。次回からは主催がどうであれWTTに運営して欲しいと思いました。
世界卓球2021ヒューストン大会を主催したのはITTFですが、試合情報のサイトでの公開、ネット中継などは全面的にWTTの運営でした。それでいいです。
なお、お気に入りの日本人女子の試合だけストリーミングされなかった(すっ飛ばされた)とか、スコア表示がなくて主審の声だけが頼りだったとか、スコアが10点以降は勝敗が決まるまで更新されないとか、中継に問題があるのも事実です。こういうことは適宜改善して行って欲しいです。
最悪だった2023年アジア選手権大会のネット配信
韓国で開催された2023年アジア選手権大会ですが、ネット配信が最悪でした。
- ATTUのYouTubeチャンネルがT1からT4をリアルタイム配信しました。が、T1の試合でTV中継されるものは全世界でネット配信されないという、WTTの運営ではありえないものでした。さらにある日のT1の試合はTV中継されないものまでネット配信されないという極めて残念な対応でした。このATTUの対応に、ネット民から不満が噴出しました。
- T1の試合でネット配信されないものはアーカイブも残っていません。
ざっくり準々決勝以降はT1での試合がTV中継対象になるため、そして準決勝以降はT1のみとなるため、レベルの高い試合ほどネット配信されない、アーカイブも残らないという最低な運営でした。WTTの運営に文句を言っていた人も、ネット配信に関してはWTTを見直したはずです。
まとめ
印象としては、WR8位以内をキープできる実力を維持し続けて(競争なので継続的な強化を怠らないで)、実際に大会で結果を残せる選手にとっては、WRポイントを稼ぎやすいシステムに見えます。9位以下に落ちるとコンテンダー、チャンピオンズでシード外になることが増え、ドロー運が悪いと厳しい戦いを強いられます。17位以下になるとスターコンテンダー、グランドスマッシュでもシード外になり、WTTシリーズがドローゲームになっていることを痛感させられます。
最大の問題は、出場の意思と資金があるのに、WRが20位以内という理由で出場できない大会があることです。僕はPDRは廃止すべきだと思っています。
また、WTTは意図的にシード数を少なく、7ゲームマッチ対象試合を限定することで、波乱(アップセット、予想外の結果)が起きやすくすることで、よりエンターテイメント性が高めていると思われます。そうしたい理由も分かりますが、選手ファーストではないですよね。僕は7ゲームマッチを増やして欲しいのですが、現在の仕様でも常時ベスト4を占める中国四天王の実力の高さには驚くばかりです。