唐突に2023年12月に成都で開催すると発表された混合団体ワールドカップは、卓球界に大混乱をもたらしました。特に日本卓球界は中国に翻弄され、最終的には軟着陸したものの、将来に大きな不安を残しました。
同時に、従来のワールドカップを男女混合の団体戦という全く新しいフォーマットで復活させたことは、卓球競技の新しい可能性を追求するもので、大いに評価できます。問題はその誕生の経緯に無理が多かったことです。
*アイキャッチ画像はテレ東卓球情報のXポストからの引用です。
混合団体ワールドカップとは
WTTシリーズ登場前にあった、ITTF主催のワールドカップは男女別々で個人戦と団体戦がありました。このワールドカップはWTTカップファイナルズに置き換えられたと言われています。
それが男女混合のチームで競う「混合団体ワールドカップ」として復活しました。次は大会発表当時の仕様です。
- 16カ国(チーム)が出場し、ラウンド1は4チームずつの4グループに分かれてラウンドロビンで総当たり戦を行います。上位2チームがラウンド2に進出します。
- ラウンド2は8チームがひとつのグループとしてラウンドロビンで総当たり戦を行いますが、ラウンド1で対戦したチームとは試合を行わず、ラウンド1の結果が引き継がれます。
- 各チームは男女3名ずつもしくは4名ずつで構成されます。試合にエントリーする男女の人数は同じでなければいけません。
- 各試合は次の5マッチで構成されます。
- 混合ダブルス
- 女子シングルス(混合ダブルスに出ていない選手)
- 男子シングルス(混合ダブルスに出ていない選手)
- 女子ダブルスまたは男子ダブルス
- 男子ダブルスまたは女子ダブルス
- 男女ダブルスの順番は試合直前にチームランキングの低いチームが指定します。
- 選手は最大2マッチにエントリーできます。混合ダブルス+ダブルスまたはシングルス+ダブルスです。
- 各マッチは3ゲームマッチで、必ず3ゲーム行います。結果は3-0、2-1、1-2、0-3のいずれかになります。
- 勝利したゲーム数の合計が8に到達した時点でチームの勝利が決まり、(そのマッチは3ゲーム行っていなくても)試合終了になります。
- 最も競った場合、第5マッチの第3ゲームで勝利ゲームカウント8-7で決着します。
- 一方的な展開になった場合、最短で第3マッチの第2ゲームで勝利ゲームカウント8-0で試合終了になります。
- そのため男女ダブルスにのみエントリーした選手は、仕組み上、戦えるゲーム数が少なくなります。
オーダーを組む上での制約
試合にエントリーする男女の人数は同じでなければなりません。そのため、
- 戸上隼輔/張本美和
- 早田ひな
- 張本智和
というオーダーを組む場合に、第4マッチが男子ダブルスで張本智和/戸上隼輔にすると、男子は2名しかエントリーしていないため、第5マッチの女子ダブルスは早田ひな/張本美和にしなければなりません。
これは非常に大きな制約ですね。
男女ダブルスに出場する選手は直前まで分からない
石田コーチによると、男女ダブルスに出場する選手の名簿は、男女シングルスの試合中に提出するそうです。男女ダブルスの順序は試合前に決まりますが、(相手チームの)誰が出るかはダブルスの直前まで分かりません。
ITTFのサイトの表示も、男女ダブルスの選手名は「未定」で試合が始まります。
ある試合の中継で気付いたのですが、男子ダブルスの試合中に監督が審判の親分のような人に紙を渡していました。おそらく、男女ダブルスの選手名簿だと思われます。
シングルスまでの様子、ゲームカウント差で出場選手を決める、ということもありそうです。おもしろい試みですね。
混乱と騒動
混合団体ワールドカップについて起きたことを時系列にまとめました。
8月26日 混合団体ワールドカップの開催を発表
ITTFは(突然)12月に中国成都で男女混合チームによるワールドカップを開催することを発表しました。
10月9日 混合団体ワールドカップのフォーマットを公表
ITTFのサイトで実施期間と試合形式(フォーマット)が公表されました。
10月17日 ITTFが16チームの協会へ招待状をメールで送付
開催まで48日の時点で、参加対象である16チームの協会に招待状が送付されました。エントリー(選手登録)期限は1週間後の25日。
10月25日 日本は不参加を表明
エントリー期限であるこの日に、日本は不参加の意思を伝えました。
10月25日の夜に日本卓球協会の宮﨑義仁専務理事は通訳を介して、中国卓球協会にITTF(国際卓球連盟)混合団体ワールドカップへの不参加の理由を伝えた。日本卓球協会も選手を派遣したかったのだが、日本の代表クラスが出場参加に応じなかった。「男女3名ずつの選手が必要なのに、女子2名だけが参加に応じてくれたが、打診した十数名の選手が参加に応じなかった」(宮崎専務理事)。
この時、中国卓球協会の会長である劉国梁氏から、対抗措置としてTリーグに参加している選手を引き揚げると通告されたそうです。
10月27日 中国卓球協会がTリーグ参加選手を一斉引き揚げ
劉国梁氏の行動は速く、Tリーグに参加している男女14名の選手は次々に帰国したか、来日しなくなったことが分かりました。
Tリーグは今回の件について「チームW杯に日本が不参加という形になったことへの『報復措置』としてTリーグに出ている中国の選手はみんな(中国に)返しますということで、それに各チームの選手たちが従ったということだと聞いています」と回答。
10月29日 ITTFが混合団体ワールドカップに個人のWRポイントを付与するとの情報
日本以外にも出場を見送ったチームが1国あったことが影響したのか、おそらく中国卓球協会の強い意向が働いた結果、混合団体ワールドカップに個人(シングルス)のWRポイントを付与すると伝えられました。パリオリンピックまで7ヶ月ということもあり、シングルスのWRポイントが付与されるかどうかは選手にとって大きな問題です。
11月6日にITTFの上部組織が混合団体ワールドカップに個人のWRポイントを付与することを承認し、担当部会が付与方法の検討を開始しました。大会開催1ヶ月前の出来事です。
また、現在WRポイントが付与されていない世界卓球の団体戦などにもWRポイントを付与することを検討するそうです。
10月30日 日本卓球協会からITTFへ締切り後のエントリーについて打診
後付でシングルスのWRポイント付与が決まったわけですが、その条件なら出場したい選手もいることが考えられるます。そこで日本卓球協会はITTF側の手続き上の不備を主張して、すでにエントリーが締め切られている混合団体ワールドカップへのエントリーについて打診しました。
11月2日 ITTFから日本卓球協会へ条件変更後の出場意思確認
ITTFから出場意思の確認メールが送付されました。回答期限は翌日の3日。選手名は不要。
11月3日 ITTFに出場意思ありと回答
混合団体ワールドカップにシングルスのWRポイントを付与することが分かってから、改めて選手に出場の意思確認(と、もしかしたら積極的な働きかけ)をした結果、出場に必要な男女3名ずつの目処がついたのでしょう、日本卓球協会はITTFに出場意思ありと回答しました。
11月6日 ITTFから出場可否の連絡がある期限
ITTFは11月6日までに出場可否を連絡するとしていましたが、11月9日になっても回答がありませんでした。明らかに意地悪されていますね。
出場可否を待っている時に日本卓球協会は状況を説明するプレスリリースを出しています。
11月11日 ITTFから参加許可の連絡
期限を5日過ぎて(焦らされて)から、参加を許可する連絡がありました。
11月13日 出場選手を発表
日本卓球協会は混合団体ワールドカップの出場選手を発表しました。
男子は張本智和選手、戸上隼輔選手、曽根翔選手、吉山僚一選手が、女子は早田ひな選手、平野美宇選手、木原美悠選手、張本美和選手の計8名が選出されました。選考基準は公表されませんでしたが、パリオリンピック選考ポイントランキング上位者から出場の可否を打診して決めたものと想像されます。男子は1位、2位、5位、6位が、女子は1位、2位、4位、5位の選手がエントリーしました。
- 男子の選考ポイントランキング3位の篠塚大登選手、4位の田中佑汰選手はWTTフィーダーデュッセルドルフⅢ2023に出場するため、大会前の事前合宿に参加できないことからエントリーを見送ったものと思われます。
- 女子の選考ポイントランキング3位の伊藤美誠選手は、おそらく翌週に開催されるWTT女子ファイナルズ名古屋2023に専念するため、エントリーを辞退したものと思われます。
11月17日 ITTFが参加する18チームを発表
混合団体ワールドカップは16チームで開催されるのが仕様ですが、当初日本を含む2カ国が参加を見送っていたことから、2023年の大会は18チームで開催することが発表されました。
そのため、ステージ1の4グループは、4チーム×2グループと、5チーム×2グループの変則的なものになりました。
早かったTリーグ参加選手引き揚げ解除
中国卓球協会がTリーグに参加している中国人選手を一斉に引き揚げた際、今シーズンの復帰は絶望的、パリオリンピックが終わるまで戻ってこないだろうと言われていました。ところが、ITTFが混合団体ワールドカップでシングルスのWRポイントを付与することが分かってからの動きは速く、7日までには対抗措置が解除されました。
中国卓球協会が取った対抗措置は、どう見ても大人げないものでしたが、WRポイント付与→条件が変わったから参加する→対抗措置解除という将来に悪しき前例を残すことになったものの、喫緊の問題が解決して良かったです。何より、参加を希望する選手から出場機会を奪うという最悪の事態を避けられました。
識者の見解
混合団体ワールドカップでシングルスのWRポイントを付与することについて、卓球コラムニストである伊藤条太さんの見解です。
国際卓球連盟が2023年3月3日に発行した最新のランキング規定では、個人のランキングには団体戦の結果は反映されない。個人のランキングポイントは、シングルスの個人戦で「何回戦まで勝ち進んだか」だけで与えられ、そのポイントでランキングが決められているからだ。こうした現状があるところに、団体戦の結果を個人のポイントに反映させようとすると、どういう原理に基づいて加点するのか根本的な議論が必要となるだろう。しかも今回新設された「混合団体のワールドカップ」は、”革新的なセンス”だけあって、各試合は必ず3ゲーム行い(結果は3-0、2-1、1-2、0-3のいずれかとなる)、チームとして先に8ゲーム取った方が勝ちという無茶苦茶に変則的なものである。世界選手権の団体戦さえ個人のポイントに反映されないのに、こんな変則的な団体戦の結果をこの短期間の検討で一体どう反映させるのか見当もつかない。混乱の極みである。
WRポイント付与方法
11月24日にITTFは混合団体ワールドカップにおけるWRポイント付与方法を公表しました。まずチームは次のポイントを獲得します。
このポイントを、個人またはペアが試合で勝利したゲーム数に応じて分け合います。ITTFが公表した文書には次の例があります。
優勝したチームは1,000ポイントを獲得します。チームの勝利ゲーム数の合計が60で、ある選手がシングルスの勝利ゲーム数が6(10%)、混合ダブルスでの勝利数が15(25%)の場合、その選手はシングルスのWRポイントを100、混合ダブルスのWRポイントを250獲得します。
選手が欲しいのはシングルスのポイントだと思いますが、それはシングルスに出なければ付与されません。どうしてもシングルスに多く起用される選手にとって有利な大会に見えてしまいます。
ところが実際には最低でも準優勝して700ポイントを分け合うようにしないと、個人・ペアが獲得できるポイントが少なすぎて意味がありません。結果的に、混合団体ワールドカップで満足なWRポイントを獲得するのは非常に難しいです。
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